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レイノレイ。 ――誰それ。
一拍遅れて、その名前が自分の名前であることを思い出した。
――イントネーションが違うだけで人間は別人になれるんだな。
一瞬自分の名前だと気付かなかった理由に思い至って、胸中でそう妙に感心した。それは、普段聞きなれている発音と、あまりにもかけ離れていた。 あまりにも奇妙な発音だったのだ。 まるで、異国の言葉のような。 まるで、数字を読むかのごとき抑揚のなさ。
誰だこいつら。
一回そう思ってからまた名前について思う。
――我ながら、変な名前だ。 やっぱり安易すぎたかな。 ――まぁいいか。
名乗らなければそう不自然でもない。 そんな事を考えている間に、相手はもう一度訊ねてきた。念を押すように、逃がさないとでも言うように。
「怜野レイ君で間違いないね」
疑問形なのに断定しているように聞こえる。
なんでだろ。 男達は黒いスーツと黒いサングラスを身に着けていて、黒塗りの高級車に乗って、今気付いたが全員黒髪をオールバックにしている。 この間見たなんとかブラックって言う映画に出てくる奴そっくりだ。 そもそもにしてなぜこんな怪しげな男たちが俺のところにくるんだろう。
怜野はなおも考えていたが急に面倒くさくなってきたので適当にまとめた。
――つまり俺に絡んでくる怪しい奴らがいる。 そんだけか。
「怜野君。我々と一緒に来てもらおうか。」
またもやあの奇妙な発音で名前を呼ばれる。
流石に飽きてきたなぁ。 いやーでもなんかアレだ、陳腐なヒーローマンガとかアニメとかに出てくる悪役のセリフみたいだ。 ホントに言う人いたんだ。 へー。
まるで珍しいものを見る視線で、これっぽっちの遠慮もなく男たちをじろじろと眺めまわす青年に、男たちは何を思ったのか。 素人ではありえないと自ら主張しているかのような足運びでゆっくりと彼を取り囲む。 それを詰まらなそうに――というよりは、何も考えていなさそうに、と言うべきか――見ていた青年は、誰の目から見ても隙だらけの動作で、くてんと首を倒した。
「Who are you ?」
からかうような言葉だが、その表情は相変わらずだるそうで、笑みのひとつも溢さない。 男たちは怜野とはまた別種の無表情を湛えたまま、じり、と一歩距離を詰めてくる。
――ああ、ああ、なんて面倒そうな連中だ!
「来れば分かる」
その丁寧だけれど高圧的な態度。 No、だ。なんとなく。 元々こんな面倒そうなのと関わりあうつもりは全くない。
「行かなかったら?」
もし絵に描いたような悪役なら、言うことは大体決まってる。
「君に拒否権はない。力ずくでも来てもらおう。」
へえ。ここまでお約束どおりだと夢かと疑いたくなる。 じゃ、俺もお約束どおり―――
「逃げるが勝ち?」
何の前触れもなく走り出す。 全く逃げる素振りもなかった彼の、停滞した雰囲気からは想像もつかぬほどの急激な『動』。黒い男たちの明らかな動揺、後ろで「追え!」だの「逃がすな!」だの言っている声が聞こえる。
本気でアニメとかのストーリーと同じだ。とくにあいつらのセリフが。
「ふざけてるなー世の中」
意味不明なことをつぶやきながら近くの路地へと入る。
ああ、なんか俺の逃げ方までお約束だ。 あまり騒ぎを起こしたくないという都合上こうする他考え付かないのだがやはり何か空しい。 このまま逃げ回った方がいいんだろうなとは思うがあいつらがそう簡単に諦めるか。 たぶん答えはNoだ。
んーむ。 選択肢その一、このまま逃げる。 めんどくさい。 選択肢その二、助けを呼ぶ。 助けてくれる知り合いはこの街にはいない。よって却下。 選択肢その三、その他。 ……その他って何だ。 自分で突っ込んでからもう一つ選択肢があるということに気付いた。
「―――なーんだ」
「倒せばいいんだ」
今までそれを思いつかなかった自分自身にあきれる。 その場でくるりと(自分では華麗なつもりで)Uターン、また走り出す。 壊れた自動清掃機が奇妙な唸りを上げて地面を這いずり、黒服の男たちの皮靴に蹴飛ばされて憐れにも火花を上げる。 近道として選んだ路地には用途のわからない金属塊やガラクタが積み上がっていて、面倒なので蹴っ飛ばして進んだ。 その音を聞きつけたのか、ちらりと黒服の男の顔がのぞく。
「いたぞ!追えっ」
今からそっちに行くって。 その声の聞こえてきた方向をたよりにさらに速く走る。 途中、最近では放置されることなど珍しい生ゴミにありついていた猫を飛び越え、小さな鳴き声を後ろで聞いた。 ――騒がしくて悪いなあ。俺も面倒なんだけどさ。ああ面倒なんだよ。 黒服の男たちが視界にはいったところで速度を緩める。 ――めんどくさいから適当に…… 鋭い溜息のような音がした。 反射的に身をかわす。
頬を何かがかすめていった。 ちりちりと痺れたような感覚。恐らく血が出るほどではない、が。 ――やっべ、今の、銃だ。消音機(サプレッサー)つけてやがんのか。 「ヤバいなぁ」と思いつつも、足を止めることはしない。 勝算は、特にない。 勝算もなく、意味もなく、だが――なんとなく、足は止めない。
「頭は狙うな!」
へえ、とりあえず殺されはしないか。 何となく拍子抜けしたような感覚で、怜野は更に考える。 遠慮する義理もないしなぁ。本気でやろうか。
怜野の動きがさらに加速し、淡い苔色の双眸がわずかに細められた。
それは、誰もがたどり着ける領域で、ただし誰もが簡単にはたどり着けない、そんな場所だ。
時間が止まったように見える世界の中、それでも止まっていない証拠に男たちがゆっくり、ゆっくり動く。 軌跡が見えた。 たくさんの軌跡。 うねっている軌跡もあれば地面に垂直に伸びている軌跡もある。 空気中を漂っているだけの軌跡、地面に跳ねる軌跡。 糸のような軌跡もあれば、壁のような軌跡もある。 膨大な量の軌跡が視界を埋め尽くす。
あ。
やっと見つけた。 俺に向かってまっしぐらに突き進んでくる十数本の軌跡。 弾道。 これを全部かわすのか。こんなにあると流石にめんどくさいんだけどな。 この世ではありえないほどの静寂の中、怜野は鮮やかに弾丸を避けてゆく。
ふと怜野は、男たちの表情が気になった。 気になった瞬間というのが、5発の弾丸を辛くもかわしたときだというのだから、この男は緊張感というものが欠けている。 何か言ってる―――? 男たちの言うことなどに興味はなかったが、その声を発している男の表情が気になった。
き、お、つ、け、ろ、こ、い、つ、は、せ、い、こ、う、た、い、だ、ぞ。
―――「気をつけろこいつは成功体だぞ」?
何だ知ってんのか。 ならもっと重装備で来ればいいのに、馬鹿だなぁ。それとも情報を与えられてなかった、とか。 おニィさんも大変だねぇ。めんどくさいから加減はしないけど。
そう思いつつも一番近い男の側頭部を蹴り飛ばす。
まぁ死にはしないだろと無責任なことをつぶやきながら銃を構えている男に肉薄する。銃を構えている男は即座に銃を向け発砲しようとするが、怜野の目にはひどく出来の悪いスローモーションとしかうつらない。
男がガードする暇もなく怜野のひざ蹴りが男の眼前に迫る。
めしゃりという何かがつぶれるような音に残った男たちが背筋を冷たくし、反撃に出ようとして銃をむけたときにはあごの下から強烈な蹴りをくらい、首の後ろにかかと落としを打ち込まれ―――
「終了っと」
男達は完全にノックアウトされ、アスファルトとの望まぬ抱擁を余儀なくされた。
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