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――あー、なんかめんどい。
数瞬で大の男4人を沈めた怜野は、ぽりぽりと頭をかきながらパーカーを拾いあげた。 背中じゅうからやる気の無さを主張しながら男たちを仰向けにして、多機能型のサングラスを回収する。男たちの着ているスーツの質から言って、サングラスも高性能の筈だ。映像記録なんぞ残っては後々面倒になる。 尻ポケットからくしゃくしゃの袋を取り出しサングラスを入れると、怜野は気だるげに薄暗い路地裏から出て行った。 途中で立ち止り、道端の下水にぼちゃんぼちゃんとカラの財布を落としていく。無論、男たちの懐からちゃっかり抜き取ったものだ。 身分証を見ることもできたが、面倒なので止めておいた。昨今は、財布に罠を仕掛けるというクレイジーなことをする輩もいるらしい。 ――ま、身分証に発信器とかついてても下水に落としときゃ壊れるだろ。 逆にいえば下水に落としても壊れないタイプだったら、ヤバイ系のお兄さん方ということになる。そもそもあの態度からして良識的な市民には見えないが、面倒になって考えるのをやめた。 大量のキャッシュを持ち歩いていた男たちのおかげで、暫くは懐が暖かい。 「おっせぇ。どこで道草食ってやがったんだ」 唐突に、頭の上から苛ついた声が降ってきた。 次の街まで乗せていくと無理やり約束させた知り合いの男だ。今時珍しい、紙の雑誌の運搬の職についていて、色んな街を適当に回っている。同じく色んな街を適当にぶらついている怜野は、たまに会ったときについでとばかりに雑誌と一緒に乗せていってもらう。 電子雑誌の方がコンパクトだし儲けもあるんじゃねーの、と怜野は聞いたことがあるが、彼は浪漫がどうとかこだわりがどうとか言っていた。要するに金儲けでも職にあぶれたのでもなく、好き好んでこの稼業をやっているらしい。変人だ。 彼は、怜野が出発の時間に遅れたのでご機嫌斜めのようだった。 今日に限らず怜野はいつも彼を怒らせてばかりだが、彼は怜野を見つけるといつも「乗ってくか?」と声をかけてくる。お人好しで、いい奴だ。 「ちょっとね」 「あーそうかい。さっさと乗れや」 「ん」 適当に返事をしてトラックの中に乗り込む。 キャンピングカーと間違われそうな巨大な車体だが、荷台は幌のようになっていて、おまけにかなりの年季が入っているので防犯的にはほぼ『野外』だ。かろうじて風除けの役割を果たしてはいるが、いつ放棄するかわからない。天井に開いた穴からは日の光がさんさんと降り注いでいて、雑誌が日に焼けないのかといつも思うが、日に焼けた雑誌はマニア受けするらしい。 怜野にはよく判らない世界だ。
街と街はチューブ型の高速道路でつながっており、高速道路の両脇は開発の手が入っていない自然のままだ。 逆に言えば街と街との間で通れる公式な道は高速道路しかなく、森を通過する事も出来るが野生動物に襲われたり最近は魔物に襲われたりもする。 つまりこのうえなく物騒で危険であり、そのうえサバイバル技術が必須なのである。 怜野は別に危なくても何でも構わないが、トラックに揺られていったほうがはるかに楽なので彼に会うたびにトラックに便乗している。 なんだかんだ言って、怜野は結構この男を重宝しているのだ。 「言っとくが荷物汚すんじゃねーぞ」 「んー。おやすみ」 「ちっ、ったく……」 舌打ちしてトラックを発進させる男に心中で礼を言ってから、荷台の上で目を閉じる。
ガタンッ、と荷台が一際大きく揺れて、怜野はうっすらと目を開いた。埃が落ちてきそうな、ボロボロの布天井が目に入る。 どうやら街についたらしく、微かな雑踏の音が聞こえた。 かしかし頭を掻きながら、のっそりと起き上がる。パーカーのポケットから潰れかけた煙草の箱を取り出した。 「何ボーッとしてんだ」 街に着いても反応のない怜野に痺れを切らしたのか、男が怒ったような声をかけてきた。いつも怒ったような態度だが、これが本人にとっては普通らしいので怜野は気にしない。 とはいえ、怒っている場合でも怜野は気にしない。 気にしないところがまた怒りを煽るという不毛なループを生み出しているのだが、怜野は「あー……まぁいいか」の一言で片付けた。 男の顔を見て、怜野はそっと煙草の箱をポケットに戻した。以前、荷台で煙草を吸って怒られた事は記憶に新しい。紙の雑誌は灰が落ちると燃えることがあるのだとか言って、もし次に荷台で煙草を吸ったら二度と乗せねぇと啖呵を切られたのだ。怒られても気にしないが、トラックに乗せてもらえなくなるというのは面倒くさがりの怜野によく響いた。 「なんでもない。ここまでサンキュ」 煙草の箱には気付かれなかったようだと胸を撫で下ろして、それまでのダルそうな動作から一転、身軽にトラックの荷台から飛び降りる。 普段のどこか抜けてぼーっとした様子を見慣れていた男は、不思議そうに眉をひそめたが(こういう動作も怒っているように見える)日に焼けたたくましい腕を窓から出し怜野の頭をこづいた。 「たまには普通に動けるんじゃねぇか。普通に動けんだったら、その普段のゾンビみてぇな、見ててこっちまで疲れるような疲れた動きをあらためたらどうだ」 「あー?……そのうち」 たくましい二の腕をじーっと見ながら適当に返事を返すとまた頭をこづかれた。無精ヒゲが目立ち始めた顔には呆れ返った表情が乗っている。 「真面目に治す気ねぇだろ、お前。ちったぁ考えた方がいいぜ。んじゃな」 言うだけ言って去っていった。 トラックの排気ガスに少しばかり咳き込む。 それはまあ疲れたような動きをしてれば周りの人はつられて疲れるだろうしきちきち動くよりは怪我も多い。 でも周りの人はつられなければいいわけだし怪我の方は慣れとコツさえ覚えればしなくて済む。 それだけのこと。 だと思うんだけどなあ。 ――んー……。 でもまた怒られそうだしなぁ。 まぁいいか。 それより俺が思うのはだ。 あんなにムキムキでマッチョな腕をしているのになんで俺より弱いんだろう。 怜野は緩慢に首を掻いて走り去ったトラックを見ていたが、ゆらりときびすを返して街に踏み出した。
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