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この街は治安が良いらしく、怜野のように未成年でタバコを吸っている人など見当たらなかった。小奇麗な身なりの人々、きちんと整備された道、澱んだ所のない街並み。 治安の悪い要素などとは全くの無縁であるように思える。 怜野はそもそも、治安とかいう問題とは全く無縁の場所で生まれ育ったので何となく判るのだが、治安の良い場所に住んでいる人々は、法で禁じられている事は禁じられているから絶対にしてはいけない、と理由もなく信じ込んでいる。 だから、何故禁じられているのか、なぜ駄目なのかと聞かれても、法で禁じられているから駄目なのだと繰り返す。 無論法のなんたるかを理解している人間も少なくはないが、生憎大多数というわけではない。 そして、理由もわからず法を信じる人間と対極を成すように、法を守るという行為に理解不能な眼差しを向ける人間もいる。この二者は互いの信念が対極にあるため、大抵の場合において犬猿の仲である。治安の悪い街と治安の良い街で軋轢があるのは、こういう人間がトップに存在したりするからだ。 ともかくも現在の世界においては、少数派を除いて、治安の悪い要素と無縁の所であればあるほど統制された機械的な日常を送っているはずである。そして、そういう場所には法にこびりついたカビのごとく警吏局が権力を誇示している。 だけど酒場にはそーゆーうるさいポリ公はいないはず……だったと思う。 怜野自身は治安が悪かろうが良かろうが、どちらでもいい。どちらも同じくらい面倒な事が多いからだ。ただ、怜野のように街から街を意味もなくふらついている人間には、裏の方がお似合いだとレッテルが貼られる。観光を産業にしている街でもなければ、余所者は歓迎されないものだ。 裏街を除いて。 裏街にも、素人が歩いているような安全な場所から、一時たりとも油断できない危険極まりない場所まで、様々だ。 怜野も一度危険極まりない場所を、よりにもよって「近道代わり」に使ったことがある。素人だとでも思ったのか、(実際そこへ入るのは怜野にとって初めてだったワケだが)強面な連中に一瞬で取り囲まれた。 結局は「近道」どころか「まわり道」になったが、それが縁で知り合った人物と連れ立って行った酒場に味を占めているあたり、怜野はあまり懲りていない。 ――そういや、ここんとこ酒場行ってないなぁ。 だからといって酒を飲んでいないわけではないのだが、久しぶりに酒場に行ってみようかという気になった。どうせ他に行く場所もない。とはいえ、しばらくご無沙汰していた各街の裏の酒場の情報などおぼろげにしか思い出せない。 まぁいいか、などと軽く思いながら逃げる記憶をなんとかつかみ酒場への道を思い出す。 たいていの街には地区案内の自動テレビが立っているが、裏街の、しかも酒場なんていう危険極まりない場所は当然のごとく書かれていない。酒場はそれぞれの街のゴロツキどもの集う場所だからだ。 酒場ってこっちだったっけ、とやっとみつけた路地裏から近道をしようとした瞬間、背後から多量の殺気を感じ、何を考えるより先に上へ跳ねた。 何の前触れもなく行われた急速運動。常人ならその唐突さに体中の筋肉が悲鳴をあげて引き千切れていただろう。しかし、怜野は平然と空中でバランスを取った。 街灯の上に危なげなく降り立ち、下を見る。 あまりにも唐突過ぎて、通行人は人が一人視界から消えたことには気付いていない。気付いているとすれば――最初から怜野を注視していた人間、だけだ。 ミシリと街灯が軋む音を立てたのに少しひやりとしながらその場にしゃがみ込む。下を覗き込んだ怜野の視界には、怜野の動きに怯みつつも睨みつけてくる人間たちの一団があった。 何か見覚えあるなぁこの集団。 大体十名ほどだろうか、服装はバラバラで統一性は見られない。ということは少なくとも大がかりな組織ではない、と少し安心する。ちなみにこの場合の大がかりな組織とは、国家レベルの組織のことだ。ここで、自称一介の旅人という名の看板を背負っている怜野に国家に追いかけられる心当たりがあるのかという疑問が生まれるが、国家に追いかけられる心当たりはなくても、国家を動かせる人間に心当たりがあったりするのだから頂けない。非常に間接的なものではあれど、火の粉が飛んでくる可能性は捨てきれないだけに、面倒だと思いながらもほんの少しだけ(それこそ小指の爪の先ほど)用心はしているのである。 黄色い腕章以外は年齢や容姿に共通性はなく、全員、銃やナイフなどの武器を持っていることからして、マフィアだとしても下っ端。しかし、面倒なのでマフィアとやり合うなんて疲れることをこの自分がするわけがない、ということは。 「単なる強盗か……面倒だな、よし逃げよう」 そう呟いてキシキシと鳴る街灯に危機感を覚えつつ立ち上がる。跳躍しようとしたところで、ふと怜野の脳裏に引っかかるものがあった。 ……黄色い腕章? 面倒だから思い出さなくていいけど、と自分の頭に命じるが、怜野は頭が思い出そうとするのを止める労力すら面倒だと思う男だ。 集団の振る舞いから見て、どうもリーダー格らしい栗毛の髪の男と目があった。 「あ」 思い出した。この街の自警団だ。 確か前どっかで見たことがあったような……いや別に思い出さなくてもいいし。 怜野が自分の頭にツッコミを入れている間に、リーダー格の男も怜野の顔を思い出したようだった。 「おーお。この間の小僧じゃねぇか。なぁんでこんなとこに居んだ?」 そういえば前この自警団と一悶着起こしたような気もする。 自警団のリーダーは、酔っているようだ。よく見れば、彼らの中には酒瓶を握りしめてラッパ飲みしている者もいる。 どうやら本当に酔っ払って通行人に絡んでいたらしい。そこで見覚えのある怜野を見つけて、やっちまうかという話になったというわけだ。あまりに判りやすく、くだらない展開過ぎて笑えてくる。 「まさかまたこの街に来るとはなぁ?……度胸があんのか、ただの馬鹿なのかわかんねぇな」 どっちかって言うと馬鹿だろうなぁ。すっかり忘れてたし。 そう思いながら怜野はさっさと退散することに決めた。街について早々面倒事に関わりあう気は全くなかった。 怜野の、常人より群を抜いて鋭い、しかし自分では普通だと思っている嗅覚にむせ返るようなアルコール臭が襲い掛かる。思わず顔をしかめた。 数メートル離れたここまで匂うとは。酒を頭から浴びたような強烈な匂いだ。 どんだけ飲んだらこんな酒そのものみたいな臭いになんだろ。 相手の口調に合わせて、言葉遣いが悪くなる。自分らしさに拘りがない怜野は、言動も他人に影響されやすい。 「うるせーな。こないだあんだけやられてまだ懲りねぇのか?」 あー。そうだそうだ。言ってから思い出した。確かボコボコにしてから金目の物もらったんだった。 「んだとぉ!?」 「やっちまえよ」 「ボーズ、大人は暇じゃねーのよ」 やっぱ酔ってら。 と、そろって焦点の合わない目で怜野を見ていた自警団員達の中からふと声が上がった。 「隊長ぉ、こいつぁ手配されれる奴ぁねぇんれすかい」 リーダー格の男に言おうと体の向きを変えようとしたのか、よろけてリーダー格にもたれかかる。酔いのあまりろれつの回らない舌がもどかしそうに口を開閉させて、ごそごそと懐を探り出す。 男を突っぱねようとしていたリーダー格ははその言葉に興味を示したようで、離れろ、といいつつアルコールで濁った目をその男へ向ける。 早くしろと急かしながら酒をあおるその姿に、怜野はうんざりしたような気分になった。 こいつら本当にこの街の自警団か? 本当に?こんな治安の良さそうな街の自警団? そこまで思ってから思考を止める。 表向き街の治安がよく見えても、裏がどうなってるかなんてわからないしな。
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